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お茶飲み話・春よ来いの巻き 22  上杉謙信



おー春の風と雨が来た。雪も消える。いよいよ本格的春か・・     さて今日は、上杉 謙信の亡くなった日です。謙信は戦国時代の越後国(現在の新潟県上越市)の武将で越後の虎や越後の龍と称されるくらい戦上手でした。元々関東管領上杉家の下で越後国の守護代を務め長尾景虎という名前でもよく知られています。のちに関東管領上杉憲政から山内上杉氏の家督を譲られそれまで上杉氏が世襲していた室町幕府の重職関東管領職をも引き継ぎ最終的には上杉輝虎と名乗りました。謙信は後に称した法号だそうです。そて謙信は内乱続きであった越後国を統一し、産業を振興して国を繁栄させました。他国から救援を要請されると幾度となく出兵し49年の生涯の中で武田信玄、北条氏康、織田信長、越中一向一揆、など幾度も合戦を繰り広げました。特に武田信玄との川中島の戦いは後世に、たびたび物語として描かれており、よく知られていますね。
写真・松代で見た合戦画
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| お茶飲み話・春よ来いの巻き | 10:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お茶飲み話・春よ来いの巻き 21 日本のペニシリン製造



今朝は寒かった。その分天気が素晴らしい。るんるんるん
さて、今日は日本にペニシリンが始めて出回った日です。ペニシリンとは、1928年にイギリスのアレクサンダー・フレミングによって発見された世界初の抗生物質です。発見後、医療用としては10年以上時間がかかりましたが1942年に実用化され第二次世界大戦中に多くの負傷兵や戦傷者が感染症から救われました。日本では1944年に少量ながら生産に成功して「碧素(へきそ)」と名付けられ数人の患者に投与されて実績を挙げました。1946年からは占領軍が招聘したテキサス大学のジャクソン・フォスター教授の指導の元に日本の製薬会社各社が生産を開始し翌1947年3月11日から病院を通して日本中へと広まったそうです。その結果、日本では抗生物質の開発及び生産が増大し感染症の治療法が普及して乳児から高齢者までの全ての年齢層で感染症による死亡率が著しく減少し平均寿命を大きく押し上げました。今流行の万能細胞STAP細胞の研究者達が世間のクレームに対して論文を撤回するのしないのと騒いでいますが、元々医学や細胞学の研究者達にとっては一つの発見をすることは大変なことだとおもいます。自暴自棄にならず頑張って研究を続けて欲しいですね。
写真・春が来ると皆で歌いたくなる歌声会・歌声喫茶・東村山会場

| お茶飲み話・春よ来いの巻き | 10:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お茶飲み話・春よ来いの巻き 19  桜田門外の変



今日はご存知「桜田門外の変」のあった日です。この朝は大雪でした。太陽暦で見ると3月24日だといいますからこの時代にも江戸には春の大雪があったのですね。時の大老、井伊直弼が将軍家へ桃の節句のお祝いを申しあげるべく登城の折、行列が襲われたのです。白い雪に鮮血が飛び散り凄惨なテロ事件になりました。時の将軍の跡継ぎ問題、安政の大獄の恐怖政治、黒船に始る開港問題に強行策を取った大老は多くの恨みを買っていました。その一つ、水戸の脱藩不満浪士17名に、籠に鉄砲を打ち込まれ斬りこまれました。瞬く間に大老は殺害その首は籠の外に転がりました。直弼46才の凶変でした。後世の人々は歴史を色々詮索しますが、このテロ事件は日本歴史の上では、やはり起こるべくして起きた事件なのでしょうか・・
写真・高島城

| お茶飲み話・春よ来いの巻き | 17:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お茶飲み話・春よ来いの巻き 18  月光仮面登場



今日も暖かい天気でしたね。雪もだいぶ解けました。暖かいのはいいねー
さて今日はあの「月光仮面」が登場した日なのです。月光仮面(げっこうかめん)は、TBSテレビと宣弘社が制作し第1作として1958年(昭和33年)2月24日から放送がはじまりました。我々をわくわくさせてくれた冒険活劇でした。その覆面主人公が「月光仮面」。国産連続テレビテレビ映画の幕開けでもありました。原作川内康範。川内は備蓄の少ない当時の日本が、貴重なドルを費やしてアメリカのテレビドラマを輸入することは、国益に反すると憂慮しており、新しい番組企画に意欲的に取り組みました。試行錯誤の末いよいよ登場した「月光仮面」。この主題歌『月光仮面は誰でしょう』が当時の子供達に圧倒的な支持を受け、平均視聴率は40%、最高視聴率は67.8%(東京地区)を記録し放送時間には銭湯から子どもの姿が消えたといいます。「月光仮面は誰でしょう」は異例の10万枚以上を売り上げる大ヒットとなりました。私は御飯も食べずに観ていて母によく叱られました。今もこの歌、歌えますよ・・
写真・春待ち福寿草

| お茶飲み話・春よ来いの巻き | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お茶飲み話・春よ来いの巻き 18  あー聖徳太子様



今日は聖徳太子がなくなった日なのです。聖徳太子(しょうとくたいし) は、飛鳥時代の皇族、政治家て゜本名は厩戸(うまやど・うまやと)厩戸皇子または厩戸王と呼ばれました。聖徳太子とは没後100年以上を経た後世の呼称だそうです。 推古天皇のもと、蘇我馬子と協調して政治を行い、国際的緊張のなかで遣隋使を派遣するなど大陸の進んだ文化や制度をとりいれて、冠位十二階や十七条憲法を定めるなど天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を図りました。また仏教を厚く信仰し興隆につとめました。私達の馴染みは太子の肖像画が1930年、紙幣(日本銀行券)の絵柄として百円紙幣に初めて登場して以来、千円紙幣、五千円紙幣、一万円紙幣と登場し、合計7回と最も多く紙幣の肖像として登場してきました。長きに渡り「お札の顔」として我々も認識してきましたが、でも私なんかには沢山の太子様は来てくれませんでした。あー・・1948年発行の500円収入印紙にも聖徳太子の肖像画が採用されていますね。
写真は鴨の軍団

| お茶飲み話・春よ来いの巻き | 11:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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